
※この記事は2024年4月発売「大学野球総合版〜2024年春季リーグver」の選手インタビュー記事を加筆・修正したものです。
不動のマインドで進め 野球大好き少年が盤石のエースになる道
昨年度、1年生ながら先発投手としてサマーリーグとフューチャーズリーグのマウンドに上がった森谷大誠(札幌大谷高校)。エースとして夏の甲子園初出場に貢献するなど、高校時代からその実力に注目を集めてきた左投手だ。「5回、7回と長いイニングを投げさせてもらって、良い経験が積めたなと。」
高校3年次には8回をノーヒットノーランに抑えるなど確かな実力を備える森谷。しかし、大学に進学して即大活躍、とはいかなかった。出場できた公式戦はサマーリーグとフューチャーズリーグの2試合くらいで、実戦形式のシートバッティングで登板することがあるくらい。実力不足を痛感している。だからこそ、1年生、2年生が主体となる大会で登板する機会がより貴重なチャンスだったのだ。
北海道から進学して1年目、初めての寮生活となり変化に慣れるのが大変で思うようなプレーができなかったという。とくに森谷を苦しめたのは夏の暑さだった。2023年、関東は異常なほどの酷暑だった。北海道との気候の違いに対応できなくて体力の面で悔しい思いをした。
高校と大学、という環境の変化も森谷にとって劇的なものだった。投げるときの身体の使い方やトレーニングを実際のピッチングのどこに活かすか、と先輩がすべてに考えを巡らせているのを目の当たりにして、それにつられて自分の練習にも取り入れるようになった。「高校のときは何も考えないでやってたんで」と高校時代を振り返り、当時の調子が崩れたポイントも今なら原因が分かる、と言えるほど、1年で「野球を考える力」が身に付いた。國學院のピッチャーは自分で練習メニューを組んでいるそうで、自分の中で考えて、練習に取り組んで、また考えて、という繰り返しの日々に満足しているという。時に考えすぎてしまって「考えが爆発しちゃう」こともあるそうだが、最近は頭で整理しつつも無意識に体を動かせるようになってきたと少しずつ成長を実感する。幼少期から「ファイターズボーイ」と呼ばれ、誰よりも野球が好きな森谷ゆえの「考えすぎる」癖だが、これからの野球人生でうまく付き合っていけるだろう。
森谷の胸にはずっと、「野球が大好き」という想いがある。その想いは誰にも負けないと思っているし、野球は人生になくてはならない大切なパーツ。しかし森谷にはひとつ、大きな挫折がある。高校2年の秋、エースナンバーを後輩に取られたことだ。
ずっとエースだった森谷だが、2年では良い結果が残せなかった。実力不足ではないと思う。だが、「自分が投げたら勝てないと言われてて、夏の大会も自分のせいで負けて」。監督にも実力は認められていたから、大会では気にしないようにしたし、気合も入れた。でも、いざ決勝戦、先発して3回7失点。仲間の粘りに応えられず、結果的にチームは1点差で負けた。
それでも森谷は野球を嫌いにならなかった。なれなかった、という方が正しいのかもしれない。悔しい気持ちを思い返してオフシーズンにトレーニングに励み、3年の夏には母校・札幌大谷を甲子園初出場に導くエースに返り咲いてみせたのだから。悔しさを何のせいにもせず自分の成長につぎ込む姿勢、自分の気持ちを自分でコントロールする意識は、「何も考えてなかった」高校時代から持っている。今の森谷はたとえルーティンに頼らなくてもコンディションを整えられる、線の太い選手だ。
昨年は3塁のボールボーイとして見ていたリーグ戦の景色に今年は入る、あのマウンドで投げる。森谷が掲げる今年の目標だ。そして、昨年のエース武内夏暉(2023年西武ライオンズドラフト1位)のように、安心して送り出せるピッチャーになる。
もう「勝てない」なんて言わせない。「森谷が投げれば大丈夫」、そう言わせてみせる。(=敬称略)
(写真:国学院大學野球部提供)