
※この記事は「大学野球総合版~2024年秋季リーグver~」に掲載された記事を修正・再加筆したものです。
野球には二つの戦いがある。一つは試合で対戦相手との間で繰り広げられる戦い。もう一つは成長のための自分との戦い。試合では活躍すると周囲の多くの人から拍手喝采を浴びる。いわば派手な戦いだ。しかし、試合の外での戦いは周囲に注目されることは少ない。いわば地味な戦いだ。自らの怪我と闘うリハビリとなるとそれはなおさら孤独である。目に見えない体の内部の不調と戦わなくてはならない。しかし、大学野球でも多くの選手が後者の戦いへと挑んでいる。
亜細亜大学には寒川航希という名の投手がいる。英明高校時代にはチームの主力として高松商業高校で主軸として活躍した浅野翔吾外野手(現・読売ジャイアンツ)などと対戦した。しかし、大きな活躍をみせた高校時代と比較して大学時代にはいまだ大きな活躍は成し遂げていない。その原因は高校3年の夏のころからの怪我。肩の関節唇損傷により長期間のリハビリを強いられている。
全体練習の時間が長い高校野球と比較して大学野球では自主練習の時間が長い。特に投手はその傾向が顕著である。実際に亜細亜大学でもピッチャー陣はランニングとアップ以外の時間はほとんどが自主練習の時間だという。そして、寒川はその時間の多くをリハビリに費やしている。寒川はリハビリについて「地味。治っているのか治っていないのかは分からず、結果はすぐには出ない。自分との戦い」と語る。ストレッチなどをしていたとしてもその成果を肌で感じることは他の練習と違い難しい。それでも怪我は少しずつ快方へと向かっている。「感覚的にはだいぶ良くなってきている。キャッチボールの時に感じる。最初は遠投も全然できなかった。痛みもだんだんとなくなってきた」。
思うように練習ができない中でも習得したことがある。寒川はリーグ戦を偵察のためにバックネット裏から見守っていた。そしてあることに気づいた。「高校生はキャッチャーがだいたいサインを出しているが、大学野球は投手も首を振って自分で考えて投げている。自分もそういうことを勉強したい」。高校生のころは配球について考える余力はなかった。さらにレベルアップすべく高度な投球技術を身に着けたいと考えている。練習方法も変わった。「中学や高校では指導者に言われてやるというようなやらされるような感じがある。大学では自分で考えて何をすればいいのか何が自分に一番必要か誰も何も言ってくれない。アドバイスはしてくれるが、自分で何をすべきかを考えて行動するということは変わった」。
怪我で実戦でプレーできない状況で焦りがないわけではない。「それでも焦っても結局は自分との戦い」。着実に一歩ずつ前へと進んでいく。辛い時は家族の存在を頭に思い浮かべることもある。「ここまで来れているのは親などのおかげ。その人たちに恩返しができるように何かあったら思い返すようにしている」。
寒川の名前の「航希」には意味が込められている。「航」は海をあらわし広いイメージがある。「希」は将来への希望をあらわしている。寒川の航海は今は荒波の中にあるかもしれない。しかし、怪我を乗り越えふたたびマウンドにあがった先にはきっと希望に満ちた大きな海が広がっている。
写真提供:亜細亜大学野球部