堀井哲也監督
昨年秋は力負け。そして、その結果を乗り越えて新たなチームでの一年間が始まる。指揮官である堀井哲也監督はそう語る。「紙一重のリーグ戦だったので、結果はやむを得ない。力負けだった。早慶戦の2連勝は4年生がよく頑張ってくれ、次の年にもつながった。5位という反省と、早慶戦2連勝という光のようなものが見えてこの一冬やってきた」。エースとしてチームを引っ張ってきた外丸東眞投手こそ怪我により離脱もあり低調に終わったが、渡辺和大投手は主軸として一人立ちした。渡辺憩捕手など下級生の台頭も目立った。選手の育成について語る。
「教養課程と専門課程のように、学校教育とひもづけて大学の野球部というのは存在する。高校野球と大学野球の違いというのは、義務教育の延長の高校と自分で勉強していく大学の違いがある」。下級生の段階から徹底した基礎づくりを行うことは一環している。「下級生には基礎基本を徹底してマスターさせる。そういうものをある程度自分の身につけてしまえば、自分でつくりあげることができる。調子を落としたら、基本に戻りなさいと言っている。そこから先は自分でつくりあげていくことができる」。起用には学年は関係はない。それでも、上級生が少しの力の差で劣っているならば、上級生を起用する。そのような環境で下級生が出場機会を勝ち取るのは彼らが相当の力を示し、周りを納得させるだけの実力があるからだ。オープン戦の機会も多い。一日練習も多い。「リーグ戦に近い状態で心技体を体現できる。そこから一番大事なことはフィードバックを行うことだと思う。そこで、課題を明らかにする。結果論ではない。経営学の言葉ならばPDCAということ。目先の結果ではなく、問題の本質に気づくことができる」。チームで日本一を本気で目指していく中で仲間と強力しながら、自らの力を高めていくことができる。前向きな姿勢で目の前の問題にぶつかる。それが成長とチームの勝利につながる。
外丸東眞主将
野手キャプテンが続いた慶應義塾大学野球部で久しぶりの投手キャプテンとなった。外丸東眞について堀井はこう語る。「一年からリーグ戦に出場して、優勝1回日本一1回を経験した。そういった部分を同期が評価したのではないか」。昨年は苦しい一年になった。「自分が投げてる感覚とボールが合わなかった。去年一年間通して良くなかった。秋は全然ダメだった。中盤くらいから怪我で離脱した。全くチームの勝利に貢献できなかった」。キャプテンに任命されたが、気持ちが大きく変わることはない。野手は副将の今泉将に任せる。キャプテンとして気負うことは全くない。昨年秋こそ怪我により離脱をしたものの、コンディションに対する丁寧な姿勢は他の部員、首脳陣が評価している。「怪我をしたら終わりじゃないが、怪我は良くない。自分も投げることができなくて楽しくない。怪我は防げるものでもあると思う。怪我をしないように、ストレッチやケアはきちんとしている」。精神的にも3年間で成長を遂げた。「試合中のメンタルの持っていき方や、普段の練習に対する取り組みは高校の時と比べると成長できた。1年から試合に出て、経験を積め、偉大な先輩方と一緒にできたことで成長することができた」。
自分の世界を持っている。高校時代の同期や大学の後輩からも外丸はそう評価されることがある。外丸は冗談交じりに言う。「結構一人は苦手だと思う。一人が良いんだが、一人は苦手なめんどくさいやつだと思う。近くにはいてほしい、一緒にいる中でも一人でいたい」。マイペースではある。それでも、学年が上がるにつれて責任感も増してきた。2年次は多くの先輩とともに全国制覇を成し遂げた。春の全日本大学野球選手権を制した青山学院大学の打線を神宮大会では完封した。「優勝はできると思っていたが、自分があんなに投げて優勝とは思っていなかった。青学戦は打たれると思って投げていた。先輩が助けてくれると思って、プレッシャーを感じずにできたのが良かった」。時は流れ、最上級生となった。これまでの3年間をどう振り返るか。「優勝して良い思いも、去年のように全然上手くいかないこともある。楽しみもあるが苦しさが勝つ。特に去年一年間は苦しかった。今年は通算25勝をしたい」。主将として投手陣の柱としてまた一年チームを支える。
渡辺和大投手
そこまでの結果が出るとは思っていなかった。昨年秋の結果をそう評価するのは
渡辺和大である。9試合に登板し、3勝をあげ、防御率1点台の好成績。コントロールを向上させる地道な取り組みが実を結んだ。「（好成績は）コントロールが全てだと思う。狙ったところに行く確率が多くなった。春からコントロール改善に取り組んだ。オープン戦でフォアボールを出さなくなって良くなったと思った」。投げ込み期間でコントロールを磨いた。週に1度か2度、160球を投げ込む。20球を1セットとして8セットを投げ込む。それぞれのセットで右のインコース、アウトコース、クイックというように条件を変えて練習をする。決して楽な練習ではない。それでもコントロールの安定した投げ方を覚えることができた。コントロール以外にも能力が自然と身についた。体力も込みでついていった。「（慶應義塾大学野球部の）練習量は多い。キャンプになると特に多い。2試合やることもある。朝から夕方まで練習をする。キャンプも基本は一日練習になる」。それも能力向上の糧になった。
慶應義塾大学野球部には多様な部員が在籍する。自身や一学年先輩の外丸のように喋りが決して得意ではない部員もいれば、渡辺と仲の良い今津慶介外野手やSNSを通じて発信を行う広池浩成投手のようにコミュニケーションが得意な部員もいる。「今津は喋りもえぐいと思う。話していて面白い。広池は話したいことがいっぱいある。自分の知識をいっぱい言いたいのだと思う。普段からよく喋るので、すごいなと思う。自分からああいう風に発信できる。僕には無理、絶対誰も見ないと思う」。投手の間の競争も激しい。そんな中で投げ込みを通じて得ることができたスタミナは一つの武器となる。「秋は7～8回で変えられることが多かった。1試合を投げ抜きたい。無駄球をなくしたり、2ストライクで欲を出して三振を取るだけでなく、楽をするピッチングをして、球数を抑えたい。要所を占めるように体力を残しておきたい」。主力の先発として今年の慶應投手陣を支える。
渡辺憩捕手
そのホームランは衝撃を与えた。渡辺憩が法政3回戦で延長12回にリーグ史上初となる初打席代打サヨナラ本塁打を放ったのだ。その活躍は想定内だったのか。渡辺は否定する。試合に出ることすら想定外だったと。「春は想定外だった。出るとも思っていなかった。考えてもいなかった。試合に出る姿も想像できなかった。Aチームに春前に入れさせてもらったから試合に出るかもしれないと思うようになった」。ではどうしてホームランを放つことができたのか。「春はたまたま。本当にたまたま。ボールが来て振ったらホームランだった。運が良かった。思い切りの良さのおかげでビビることもなく自分のスイングができた。ホームランを打って打球が上がったときを覚えている。当たったボール見て、『ああこれ行ったかな』と思った。何が起きたか分からなかったが、嬉しかった」。大活躍の春と比較して秋は苦しむ場面も見受けられた。6試合の出場ながら2本塁打を放ち、打率も5割を超えていた春と比較して、秋は本塁打0、打率は2割5分にとどまった。「秋は良くも悪くもリーグ戦を知った。考えることが多かった。悩んだりした。春に比べたら思い切りの良さがなかった。バッティングでも率が残せなかった。目立った活躍もできなかった。春に比べたらもっとできたかなと思った」。
大舞台でいきなりホームランを放つことができたのは、高校時代から多くの大舞台を経験してきたからであろう。高校時代に最後の夏に甲子園を制覇するという同学年でも類を見ない経験をした。緊張することも少なくなった。もうそんな甲子園の決勝も2年ほど前になった。当時を振り返る。「決勝戦に勝てるもんだとは思わなかった。春に負けたというのもあって、負けるんだろうなと思っていた。良くないですけれど、よくここまで来たなと思った。世間から見ても仙台育英が勝つと見られていた。そういうもんかなと思っていた」。そんな自身の期待も裏切り、仙台育英を破る。そして、渡辺も優勝の立役者になった。慶應義塾大学でまた正捕手を任されるようになる。そして、今度は大学で優勝の立役者となる。
太田陽コンディショニングスタッフ
「コンディショニングスタッフ」というのは耳慣れない役職であろう。トレーナーと聞けばもう少し耳慣れた役職名になるだろうか。太田陽は慶應義塾大学野球部のコンディショニングスタッフ1期生である。高校時代は選手としてプレーした。何度も怪我をした。最後には右肘の靭帯を骨折した。シャンプーをすることさえも苦しい生活になった。大学で野球を継続することはできない。一年間の浪人を経て入学した慶應義塾大学でも最初は野球部に入ることはなかった。
新年度が始まり数ヶ月が経ってからの頃。慶應野球部では新設の部門としてコンディショニングスタッフの募集が行われた。野球は続けられない。マネージャーのような裏方も向いていない。でも、野球がない生活はつまらない。コンディショニングスタッフであれば怪我の多い自分の経験を生かせるのではないか。自分が苦しんだからこそ一人でも多くの人を助けたい。そして、太田は新たな道を進む。
最初はピッチャーのストレッチや、大人のトレーナーの方に指示されたことをやっていたが、仕事の幅が広がっていった。体調の記録から始めた。それが長く続いたが、他にすることがなく、暇だった。他にも何か貢献をしたいなと思った。グラウンドに立ち続け、コミュニケーションを意識する。最近はウォーミングアップを重視している」。新たなポジションということで日々が勉強だ。オフの日には整骨院に通い体のケアを学ぶ。テーピングの本を読むこともある。
太田はかつて野球部に在籍していた生井惇己投手（現・日立製作所）の言葉をよく覚えている。「トレーナーがもっと早くいたら怪我をせずに最後までやれた」。トレーナーの意味を実感させられるとともに、責任を感じる言葉だった。1期生は今年で卒業する。そして、後輩に受け継がれていく。「これからは仕事の幅を増やしてほしい。もっとできることがあると思う。トレーナーは各学年で2人いる。もっと人数が増えたら色々なことができる。選手が病院に行く数をゼロにするくらい頑張っていきたい」。初めての道を切り開いた。選手とは違う道でチームを支える。