【勇往邁進】 第2回・新名海央投手(早稲田大学理工硬式野球部)「野球とまた関わりたくて、もう一つの東京六大学野球『リコタイ』の世界」

リコタイとは何か

 5月上旬、早稲田大学理工硬式野球部の練習が行われていた。場所は埼玉県・朝霞市民球場。都心から30分ほどの球場で19時から21時まで2時間ほど週に1回か2回ほど練習が行われる。少々雨が降っていた。それでも、19時になると待っていたとばかりに部員がグラウンドに駆け込む。そして、練習を開始する。和やかな雰囲気で練習が進む。キャッチボールから始まり、ノックへと続く。そして、実戦を意識した練習が始まる。リコタイと呼ばれる世界。その世界はあまりよく知られていないだろう。しかし、それもまた別の野球の世界なのである。

 東京六大学理工系硬式野球連盟には早大、慶大、明大、法大、立大、東大の6校が加盟している。一般的に「東京六大学」と聞いて想像されるリーグや準硬式野球と構成校は同じだ。相手校から先に2勝をあげれば勝ち点を獲得することができるシステムも変わらない。違いと言えば、リーグ戦を一年間かけて戦うことだろう。理工系硬式野球は「リコタイ」と呼ばれる。「理工」という名前がついているが、理工学部に通う学生以外であっても在籍することのできるサークルである。

大分で生まれ育って

 早稲田大学のリコタイでプレーする一人の投手がいる。新名海央である。大分県で生まれた新名は大分教育大学附属中では軟式野球をプレーする。そして、高校では大分舞鶴高校への進学する。ちょうど野球部が急成長を遂げていたころである。2年連続で夏の大会では決勝までコマを進める。そして、2022年のセンバツ高校野球では二十一世紀枠で甲子園へ初出場する。「高校では練習の質も違っていた。キツイなと思うこともあったが、勝つと楽しい。高校の監督やコーチは歴が長い方が多い。意識はした。礼儀や精神面を一から教えてもらった。大会が近づくと実戦形式の練習が増え、周りの視線もあった。緊張感はあった」。コンディション不良により思うようなピッチングができない時期もあった。それでも明豊高校に勝利して、九州大会に出場したことは今でもよく覚えている。

 中学時代から理科や数学が得意であった新名は理系のコースに所属する。同学年の15人の部員のうち理系の部員は5人ほどだった。平日の練習は16時~19時ほどまで行われる。その後に学業にいそしむ。「勉強は大変だった」。それもそうだ。努力の甲斐あって早稲田大学理工学部へと入学することとなる。

硬式野球を続けたくて

 東京での生活は慣れないことも多かった。人がとにかく多い。どこへ行っても人であふれている。電車の本数も多い。多くとも数十分に一本のペースで次の電車がやってくる大分と違って、数分に一本は電車がやってくる。大学のシステムも当然ながらこれまでの学生生活とは違う。所属する理工学部を始めとする理系学部は文系学部よりも忙しい。レポートなどの課題も多い。予習や復習に要する時間も長くかかる。そんな中でも野球を続けたい。新名は思いを抱く。

 「早稲田大学で理系で硬式野球部の両立は難しい」。現在、早稲田大学硬式野球部に所属する理工学部の部員はわずか二人である。それでも、硬式野球は大学でも続けたい。軟式野球を続ける選択肢がないわけではない。しかし、ピッチャーとして硬式から軟式に転向することは難しい。そして、選んだ道がリコタイだった。練習は先に述べた通り19時から行われる。都心から1時間ほどのグラウンドであっても、17時頃に終わる4限の後であっても練習に参加することができる。野球に全ての力を注ぐわけではない。でも、野球に関わり続けることができる。

そこにはどんな魅力があるか

 楽しくできる。でも、甘々ではない。新名はリコタイの魅力をそう表現する。監督はおらず、練習も自由度は高い。学生主体となり活動が進む。部員同士の会話も活発である。しかし、勝利に向けた練習は真剣である。リーグ戦直前の練習では実戦を意識したものへと変わる。短い時間であっても効率的な練習をする。早稲田リコタイの練習は決して多いものではない。しかし、圧倒的な力を見せる。昨年も10戦全勝の完全優勝。抜群の投手力を武器に他校を制した。選手の出身校を見ても、強豪校出身の選手も多い。高校時代から多くの練習を積み重ねてきた結果だ。

 リコタイのリーグ戦とは何か。「六大学リーグっぽい雰囲気」。新名が放ったその一言は特徴をよくあらわしている。勝ちに向けて本気でぶつかる。硬式野球の試合が行われる。六大学同士で勝ち点制の方式も同じだ。成績も残る。ここでそのレベルを論じることは野暮なことである。高校時代はそれぞれの場所で全力をぶつけた部員たちが同じ大学に集まる。そして、また別の戦いを繰り広げる。まだ多くは知られていないけれども、それもまた別の野球である。

もう一つの六大学

 「野球はやってないのが想像できない。野球をやりたい」。基幹理工学部電子物理システム学科に在籍する新名は大学院に進学する予定だ。「野球はめんどくさいと思ったことはあるけど、嫌いになったことはない。野球は草野球か何らかの形で関わりたい」。野球が好き。それには変わりはない。「リコタイに限らず大学になって本気の試合ができるのは良いことだと思う」。高校野球が野球に対して本気で打ち込むことになる最後の機会となることもある。それでも、その先にも別の野球が広がっている。野球を職業にすることや、野球だけに全てをかけることが野球に関わる唯一の道ではない。リコタイはその可能性を教えてくれる。

 リコタイでは年に一度、東京ドームに集まり試合を行う。試合が始まるのは真夜中である。時間を許す限り試合は続けられる。試合が終わる頃にはもう朝が訪れている。そして、一年間かけてリーグ戦を続ける。時々、我々は忘れてしまうことがあるように思う。そして、錯覚を起こすことがあるように思う。プロ野球のような高いレベルでプレーすることだけが野球であると。そうではない。それを仕事としなくても、それ以外のことに力を注ごうと、野球と関わり続けることはできる。スポーツに関わり続けることはできる。そして、リコタイに教えられる。もしかすると、それこそがスポーツの本質なのではないかと。

(写真は早稲田大学理工硬式野球部提供)

<次回予告>第3回は昨年まで現役を続けていた速球派サラリーマンの記事を配信予定。

企画「勇往邁進」について

世の中にはたくさんの野球人がいる。それはプレーヤーかもしれない。ファンかもしれない。スタッフかもしれない。彼らはどのように野球と関係を持ち、どのように野球に向き合ったのだろうか。過去にどのように野球と関わり、現在にどのように野球と関わり、未来にどのように野球と関わるのか。それを問いかけることで野球人と文化としての野球を明らかにするためのコラムである。

<筆者からのコメント>

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