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【広島5位】明治大学・光弘帆高内野手「チャンスを掴んだ男」

※本稿は雑誌「東京六大学野球図鑑2024年秋号」に掲載した記事を再構成したものです。情報は当時のものです。取材にご協力くださった皆さまに御礼を申し上げます。

チャンスを掴んだ男 光弘帆高が切り開く未来

 高校時代は名門・履正社高校の正遊撃手として活躍し、U18にも選出され、世界の舞台でも躍動した光弘穂高内野手。大きな期待をかけられ明治大学野球部へと入学する。しかし、大学野球の舞台でもすぐに活躍とはいかなかった。1年次は決して多くはチャンスは与えられなかった。ショートは現在主将を務める宗山塁内野手(広陵・4年)が不動のレギュラーを務めており、他の選手が付け入る隙はなかった。光弘は宗山について「宗山さんが目の前にいてこの人がプロ行くんだなと思った。(試合に)出れるんかなとちょっとは思っていた。レベルが違った。守備が一番すごい。安定感、打球への入り方、追いつくところなど全てがすごい。あげれば何個にでもなる」。自身も明治大学野球部の分厚い層に阻まれ、若手主体のフレッシュトーナメントなどでもベンチを外れることもあった。今年の2月の中旬に沼津で行われた春季キャンプにおいても帯同することはできなかった。そのころはレギュラーは遠い先にあるように感じられた。そんな時期を語る光弘にはどこか歯がゆさが感じられる。決して野球が嫌いになったわけではない。しかし、モチベーションは高くなかった。「宗山さんがいるんで絶対出れない。まあ良いかなと思っていた。ショートは出れないな。3年生から頑張ろうと思っていた」。

 そんなネガティブな感情が変わったのは春の活躍によるものであることは言うまでもない。2月下旬のオープン戦で宗山が死球により、戦線離脱を余儀なくされる。長年、代替の候補すら現れなかったショートが突然、空白区となった。その時に白羽の矢が立ったのがそれまでBチームでプレーしていた光弘であった。明治大学野球部のオフは火曜日にある。すなわち、野球部の一週間は水曜日から始まる。「一週間は頑張ろう」。そんな決意をもって光弘は奮闘する。そして、ショートの定位置を掴み取る。開幕戦こそは怪我から復帰した宗山がショートについた。しかし、その試合でも光弘は代打で起用される。そして、4月28日の早大2回戦でサードのスターティングメンバーとして起用される。リーグ戦の舞台では緊張感はなかった。「これが応援される雰囲気なのかと思った」。初めてスターティングメンバーとして起用された試合ではマルチヒットを放った。初安打には打点もついた。数カ月までは遠い神宮の舞台が確かな定位置となった。

 高校時代もショートが定位置であった光弘にとってサードは不慣れな守備位置であった。しかし、それでもリーグ戦でも安定して守り切ることができたのはそれまでの積み重ねがあったからであろう。中学時代は毎日のように壁当てをすることで一人で守備を磨いた。高校時代には厳しいノックを受け、守備が鍛え上げられた。そんな確かな地力と持ち前の身体能力で結果を残した。

 今年はショートでの出場は難しいかもしれない。しかし、サードの定位置は確かに自らの手中にある。「秋はサードでチャンスをもらっている、長打も出るようになってきた。ピッチャーが嫌がるような打撃をしたい」。理想とする右中間へのツーベースヒットを放つための打撃に少しずつ近づいている。チャンスは簡単にはやってこない。しかし、誰にでも間違いなくチャンスはやってくる。そのチャンスを逃さずに掴むことができるかが成功への秘訣。そんなことを光弘帆高は教えてくれる。

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